( 篠突く雨にしとどに濡れて 浮世男よ ぬしと朝寝がしたい )





善い男は退屈じゃ、と朋輩が艶っぽく笑う端麗な季節は、春よ春よと鶯が鳴く。悪い男だけが浮世名を流して不実だ。咲いてはそっけなく散る桜のように、気まぐれに流浪する。

 …妾(わたし)はさしずめ待てど来ぬ男を愛しくて待ち侘びる、待宵草じゃ。篠突く雨が淑やかに咲いた六月の菖蒲を濡らす頃に、あの男は気まぐれにやって来る。格子越しの物憂い空は破滅ばかり恋しがるように。
 いじけて簪を放り投げれば、乱れた髪が煩わしい。小町が詠うように、風情のない姿だ。

 『男に惚れたら女は生き地獄じゃで』

 そう耳元で囁いたのは色恋で刃傷沙汰になり死んだ朋輩だったか。あるいは艶かしい物の怪のそれだったか。煙管を吸えば、余計にあの男の残り香を連想した。愛しい気持ちよりも、情欲のほうが強くて眩暈がする。

 「会いたかったんよ。待ち侘びて、待ち侘びて仕方なかったんじゃ、」

 嫌な客に心にもない台詞はすらすらと言えるというのに。あの男には。全くといっていいほど言えなくなってしまう。純情なのか不純なのか。淫猥な囁きと精の匂いと、無情の日々と。女郎がまことのことを言うなら四角い卵があるわいな、と戯れ歌を歌う。何度目かの精の匂いを嗅いで、うんざりとしながら、口ずさむ。妾は鳴き真似は出来ても、飛べん鳥じゃ。不実な鳴き方しか知らぬ鳥は薄暗い花園にこそ、映えるのだろう。…哀れな。
 ふと金魚鉢を泳ぐ、くれなゐの金魚が目に付く。あの男が気まぐれに縁日で取ってきたものを寄越したのだ。鮮やかな赤が遊泳する度に、瑞々しく波紋を描く水面が揺れる。…妾も同じじゃ。ここでしか生きれん、哀れな、くれなゐの金魚。



*


 あの男が来たのは、陰鬱で淑やかな雨の降る日だった。

煙管の匂いが懐かしく、愛しさと殺意が身も心も蝕む。恋だの愛だの戯れ言を囁き合うよりも、ただ繋がりたかった。性急に、深く。暗い座敷牢で二人きりで、ただ歓びに閉じ篭るように。岡惚れも床惚れもした女の行き着く先は、果たしてどんな地獄か。欲しい欲しい、と鳴くばかりで与えて貰えない。恨みがましく睨めつけても、ただ乳房を掴んで揺さぶるだけ。…愛しくて愛しくて、憎らしくて。溢れた涙は頬を縦断する。

 …泣いてるのか。男のそれはまるで稚児を相手に問うような音色で。指先は優しく頬を撫でる一方で、片方で太腿を持ち上げ容赦なく突き上げる。苦痛と紙一重の、せつない歓喜が襲う。あさましい悲鳴と水音にひたすら溺れた。奥まで満たされれば、このまま死に絶えてしまえばいいとさえ感じた。なんてあさましくて因果な女の業。嗚咽に似た嬌声と、柔らかな悦びの絶望。

 殺して、と願った。頸を絞めて、あるいは鋭い刃物で心臓を貫いてもええ。生温い絶頂を何度も味わうくらいなら、いっそ。


( ♪金魚の箱 / 東京事変 )